essay / 湖畔の思索日誌
○○人ファーストのその先に
「宇宙からは、国境線は見えなかった」
これは、かつて宇宙飛行士の毛利衛さんがスペースシャトルでの宇宙飛行から帰還されたときに語った言葉だ。
今こそ多くの人に届いてほしい。
人間の人間による区分けほど愚かなものはない。
人間に対しても、すべての生き物や自然環境に対しても。
国境は人間が勝手に決めたもの。他の生き物や自然界には関係の無い話だ。
所謂「人種」もまた人間が勝手に決めたもの。山奥に放り出されたら、無力なひとつの命でしかないのに。
日本人って何だろう。
日本国籍を持つ人?日本で生まれた人?日本で暮らす人?税金を納める人?見た目のこと?話す言葉?日本が好きな人?日本を大事にする人?
考えれば考えるほど曖昧で、突き詰めれば突き詰めるほど意味が無い。
未だ解明されない果て無き宇宙の中の、銀河系の中の太陽系の中の、小さなひとつの惑星の中で
一人の人間が持てる時間など塵にも満たない。夜空を見上げれば何万年も前の光が瞬いている。
一瞬で消える一生を、存在もしない区分けと排除に費やしたその先に、いったい何があるのだろう。
それどころか人間のおかげで地球温暖化は猛スピードで進み、人間同士で争っている猶予など、そもそも無い。
自分が地球で最も愚かな生き物に属することを反省しながら、せめて森羅万象のなかで巡る命には敬意を持ちたい。
すべては海から生まれ、つながっているのだから。
家のとなりの大きな木
私が生まれる前からずっとそこにあった家のとなりの大きな木が、今日伐採されることになった。
このまま伸び続けると倒木の危険があり、周囲の建物を巻き込む可能性が高いということだった。
自分の土地に生えている木では無いから、そのことについてどうこうする余地もないのだけれど
長年当たり前にそこにあった木が、たった一日で無くなってしまうのかと考えると、心にずんと虚しさが広がる。
伐採の作業をしていた人に、その木の樹齢を聞いてみた。私のそばで話を聞いていた妹は、目を少しうるませていた。
空に向かってのびのびと育ち続けたトドマツは、60~70年くらいということだった。そうか、母が子どもの頃からそこにあるということか。
切られる今日までそんなことも知らずにいた。
60~70年前に、誰かが植えたトドマツ。その木のとなりで私たちは育った。
木からはきっと、いつも私たちが見えていたのだろう。家族や時代の移ろいをすべて、ただ静かに流れるように。
自分たちの人生がそばにあったというだけで、
こんな感情が込み上げてくる自分もまたなんて勝手なんだろうと自覚しつつも
ただ伐られる運命のその時を相変わらず静かに待つトドマツを前に、やはりどうしても私は寂しい。
今朝は妹が一緒でよかった。
今日しかない
わたしたちには今日しかない
だれにも等しく今日しかない
今日しかないのに今よりも
向こうのことをかんがえて
今日のなかみはふわふわと
どんどんうしろへ遠ざかる
苦手なものしりとり
利権でうごくやつ
ついでの頼まれごと
取り分け
けんか
勝ち負け
結婚式
決まりごと
トランプ大統領
海でさわぐひとたち
力関係
イカの処理
立体図を描く
クラウドファンディング
ぐいぐいくるひと
戸締まりの確認
光らない時間
私たちはいったい、この手のひらの四角い画面に人生のどれだけの時間を費やすのだろう。
ふと、おそろしくなる時がある。
それが無い時代を知っているのに、それはもう遠い昔のことのよう。
それが無い時代に、どんな過ごし方をしていたの。
それが無い時代の小説を読み、それが無い時代の映画を観る。
それが無い時代には、今は失われてしまった時間が溢れていた。
四角い画面の向こうには今日も数多の、如何にも豊かで輝かしい人生が溢れている。
たくさんのハートを求める人々の首は直角に折れ曲がり、充血した目線の先にあるのは手のてらで光る四角い画面。
この四角い画面に人生が吸い込まれるなんてご免だ。
私の時間は、人生は、画面越しにあるのではない。こちら側にあるのだ。
そう言い聞かせて前を向く。
目の前で流れていく光らない時間を、私だけの心に刻む。
