essay / 湖畔の思索日誌
1000万の10倍
子どもが夏休みの宿題でつまずいていた。
算数で、大きな数をもとめるものだった。
「1000万の10倍なんてわかんないよ!」と彼は半泣きで叫ぶ。
位を覚えるのが学習の目的なのだろうけど、億という数字は小3にはまったく身近ではないし
大人にとっても日常生活とはかけ離れたかなり大きな数字だ。
実体験が伴わないことを紙上でイメージするのはとても難しい。大人だってそうなのだから、子どもはなおさら。
苦手意識の蓄積は、勉強嫌いにつながっていく。可能性が芽生える前に、好奇心の窓が閉ざされてしまってはもったいない。
今目の前で叫んでいる少年のために、私は何ができるだろうか。
小3と一億をつなげるには、夢と浪漫、そして……
電卓だ…!!!
少年はその小さな指で、10000000×10と打ち込んだ。
100000000という数のゼロの多さに、彼は目を輝かせていた。
いちおくって、こんなにゼロがあるんだねと感動していた。
今日のところは、これで良しとしよう。
●余談●
先日息子と一緒に小樽を訪れた際に、旧日銀の小樽支店に立ち寄った。
そこで「一億円の重さ」を体験できるコーナーがあって、ずっしりと重く感動した。
私たち親子と一億が、初めて結びついた瞬間だった。
どうして競争しないといけないの?
小学三年生の息子と晩ご飯の食卓を囲んでいた。
もうすぐ運動会がある。ちなみに息子は、幼少期から運動会や発表会が大の苦手である。
大きな拒否反応が出る前に、今の気持ちを知ることが重要だ。
私「練習はどう?」
子「よさこいは難しいけどがんばってるよ。」
子「でも走るのは最悪。」
私「最悪とは?」
子「100m走だよ。足が遅くて負けるのがわかってるのに、なんで競争しないといけないの?」
自分の子ども時代を見ているようだ。
運動がとても苦手で体力も無く、運動会でダメな自分をさらすのがとても苦痛だった。
運命競争だけが唯一の救い。
徒競走でどんなに全力で走ったとて、クラスで一番速い子に勝てるわけもないのに
その頃は根性論(いわゆるスポ根)しか存在しなかったのが、また辛かった。
そこで提案をしてみた。
何のために自分は走るのか、自分だけの目標を決めてみたらどう?と。
息子は箸を置いて、考えていた。
そして声高にこう叫んだ。
「おれは、ウルトラマンに力を送るために走る!」
彼は学校で、今日もきっとウルトラマンのために、ひいては地球の平和のために走っている。
願いと夢の違い
願いと夢の違いって、なんだと思う?
もうすぐ小学三年になる息子に、こんな問いをもらった。
願いと夢。
なんだろう。違いはなんだろう。
とても深いテーマで、想像上に答えを導き出すのが難しい。
と言っても、正解は無いのだけれど。
うーん…………と暫く時間をもらい考えて、
願いは道のり、夢は道標かな。
私はそう答えた。
すると、息子はこう言った。
ぼくはね、願いは自分とみんなの力で叶えるもので、夢は自分の力で頑張って掴みとるものだと思うんだ。
私は息を呑んだ。
いつの間に、こんなに考えられるようになったのだろう。
これから先の人生で対峙するであろうたくさんの出来事に、自分の心と頭で向き合い考えられる人に、きみならきっとなれる。
雪どけがすすむ春の夜。
素晴らしい問いかけを、ありがとう。
ジブチ
「ママ、世界で一番暑い国ってどこなの?」
三日ほど前、息子が私にこんな質問をした。
恥ずかしながら、そんな疑問を一度も抱くことなく生きてきた私は答えることができず、
その場ですぐに調べてみた。
どうやら、アフリカにある「ジブチ」という国が、そうであるらしい。
それから二人で地球儀を回しながら、ジブチを探す。
どんな国なんだろうね。
とても小さいね。
気温が50℃だなんて、きっとアイスもすぐにとけちゃうね。
そんなことを話しながら、私たちの頭の中は未だ見ぬジブチ一色に。
43年知らずに生きてきたジブチに、息子はたった6年で辿り着いてしまった。
小さな質問から、一気に世界への扉が開いた瞬間だった。
そして今朝、こんなニュースが飛び込んできた。
“スーダン邦人退避へ 自衛隊輸送機のジブチ待機を命令 防衛省”
スーダンの内戦が激化し、スーダンに滞在している邦人約63人を、その近隣にあるジブチの自衛隊活動拠点へ退避させる計画だが、飛行場が主戦場となっており、現時点で輸送機を現地入りさせるのは難しい状況とのこと。
数日前にジブチを調べていなければ、このニュースがこんなにも心に刺さることはなかったかもしれない。
しかしながら、世界では今でもさまざまな場所で戦争が起こり、日常生活さえままならない人々がたくさんいるのだ。
私たちが知ろうとしないだけで。
今日、洞爺湖町町議選挙の期日前投票へ行ってきた。
私たちには、選挙権がある。
自分の声を届けてくれるであろう候補者に希望を託すことのできる機会を、ぜひ無駄にしないでほしい。
選挙がある、投票ができる、ということは
間違いなくひとつの平和のかたちなのである。
紛争地域にいる人々の安全と
戦争のない世界が一日も早く訪れるよう
改めて、各国のリーダーに祈るばかり。
天災とは違い、戦争は人の手で止められるのだから。