essay / 湖畔の思索日誌
【読了録】海と毒薬
◆7月のテーマ図書◆
遠藤周作 『海と毒薬/講談社文庫』
第二次世界大戦末期に実際に行われた、九州大学医学部の米軍捕虜に対する生体解剖事件をモデルに、対照的な二人の医局員・勝呂と戸田の心情を通して、宗教的倫理観が身近ではない日本人の精神風土と、罪の意識や良心の所在を根源的に問う遠藤周作の代表作で、1958年に刊行されて以来、今なお多くの書店で販売されていることが物語っている通り、時代を越えて読み継がれている作品。
7〜8月は戦争文学を数冊、テーマ図書の選定候補に入れていたので、この作品を参加者に選んでもらえて嬉しかった。
私は講談社文庫の『海と毒薬』を、長崎の遠藤周作文学館を訪れた際に購入した。
書店で見かけるのは新潮文庫の本作が多く、今回の読了会で持参してもらった書籍も私以外は新潮文庫だったけれど、表紙のデザインや裏表紙のあらすじも新装版とそうでないものとは違っていて、さまざまな「海と毒薬」が一堂に会した貴重な時間となった。講談社文庫と新潮文庫で文字のサイズやカーニングも微妙に異なり、講談社文庫の方がやや大きく、その分ページ数も多くなっていた。
新宿から電車で1時間の西松原住宅地に越してきた「私」の一人称で始まる物語は、事件の舞台である大学病院にシーンが移ると三人称に切り替わるが、事件当事者の看護婦・上田の手記や、戸田の回顧録では一人称になり、勝呂に関しては最後まで三人称で綴られている。その分多様な視点や心情を体感することができる。
命を救う立場の医局員12名が起こした、生きたままの人間を解剖するという行為は、それだけを取り出すと常軌を逸した悪質な犯罪であることは紛れもない事実であるが、そこに至る過程と、とりまく環境、当事者たちの心情の変化を多面的に分析しないと、この小説の本質が見えてこない。
「みんな死んでいく時代」という表現が何度か出てくる。戦場で、空襲で、病気で、飢えで、生きることが難しく、死ぬことが明日の現実だった時代に、死への感覚が麻痺していたこと。
勝呂のように、良心の呵責による自責や葛藤を抱えながらも、集団的倫理観(ここでは所属する医局内の派閥の空気感など)に流され、同じことがまた起きたとしても抗う自信が無いことを自覚し、個人の道徳観とともに自らの人生も埋没していく人間。
戸田のように、個人の道徳観が圧倒的に欠如し良心の呵責を感じることなく生きてきて、醜悪なことだと分かっていても社会的に罰せられなければ問題はないと考え、あの事件すらも今後の医療の発展のためだと捉える人間。
主任教授である橋本の妻・ヒルダのように恵まれた環境に身を置く敬虔なクリスチャンで、「神の存在」という宗教的倫理観を規範に生きる者と、すべてを失い満州から引き上げ孤独を抱えて生きる看護婦上田の交差し得ない良心の所在。
今自分の中に感じる「良心」というものが、どこから生まれてくるものなのか。
私たちが「良心の呵責」や「罪悪感」を感じる時、それは「個人の善性」に対するものなのか、それとも「一神教の神」に対するものなのか、あるいは「他人や社会の目」に対するものなのか。
掘り下げれば掘り下げるほど深みに嵌る、自分としては今後も考え続けたいテーマだ。
小説の前半と最後に引用されている詩が気になったので調べてみると、立原道造の「雲の祭日」という作品だった。
羊の雲の過ぎるとき
蒸気の雲が飛ぶ毎に
空よ お前が散らすのは
白い しいろい 綿の列
勝呂が屋上で口ずさむ、この詩の隠れた大きな意味を、ぜひこれから読む人には自分で見つけに行ってほしい。
今回の読了会で、「海と毒薬」の続編が新潮文庫から出ていることを知り、早速取り寄せた。
勝呂のその後を、追い続けてみたい。
あと恒例の勝手にキャスティングでは
看護婦長大場さんは江口のりこさんに決定。
【読了録】水たまりで息をする
主宰している月イチ文學倶楽部の、6月のテーマ図書は高瀬隼子さんの「水たまりで息をする」だった。
ある日を境に風呂に入ることを拒絶し、発する「におい」により社会から静かに逸脱していく夫と、「こうした方がいい」という社会規範に合わせて群れなす方へ泳ぐように生きてきた衣津実。
「食べられない」などとは違い、すぐに死には直結しない「風呂に入らない」という行為の受け止め方は、夫という血のつながらない家族であるからこそ想像を絶するほど理解が難しい。
軽視されがちな「心の闇」の見えにくさを、通りすがれば誰もが気づく「不快なにおい」として社会に向けるこの小説の構成は、読めば読むほど発見がある。
風呂文化と清潔感が結びつき、パブリックスペースの無臭消臭が暗黙のルールでもある日本社会の中には、嗅覚での厳しいジャッジは確かに存在する。
仮にこれが、川での沐浴文化や多様なにおいが存在するインドであったなら、違う結末だったのかもしれない。
「水たまり」とは、おそらく生きづらさを抱える当人たちの世界や生活環境であり、私たちの生きる社会の穴でもある。
自分が身を置く水たまりで何とか息をして持ちこたえられる衣津実のような人間もいれば、生きるために必要な自分に合う水を見つけられずに、水たまりで息絶えたり、行き場を失い、追われ、流されてしまう人間もいる。
気休めのハッピーエンドで終わらせず、これが希望なのか絶望なのか、読者に考えさせる余白を残してくれる作品だった。
人は人に厳しい。何らかのかたちで逸脱する人を途端にジャッジする。自分が穴に落ちるわけがないと思っている。
今の状態のまま、老後まで平和に年を重ねていくのだろうと思っていた36歳の衣津実の身に起こることも、
社会生活に感じる痛みが蓄積し、自分の垢とにおいこそが社会から我が身を保護する最強の鎧となってしまう35歳の研志の逸脱も、
実はさまざまなかたちでこの社会に数えきれぬほど存在する。見えない、見せない、見ようとしないだけで。
誰もが明日、今日の自分ではいられない可能性を持っている。
風呂にほとんど入らない愛猫を、何の苦もなく抱きしめることができるのと同じくらいの寛容性を、人にも向けたいと思うのだった。
太陽(ティダ)の運命
先日、札幌のシアターキノで『太陽(ティダ)の運命』を観てきた。
過去の沖縄県知事の太田昌秀氏と翁長雄志氏が、沖縄の米軍基地問題をめぐり国とどのように闘ってきたのかを描く、佐古忠彦監督渾身のドキュメンタリーだ。
沖縄には、この国の矛盾が詰まっている---筑紫哲也さんのこの言葉が物語っているように、
「米軍基地問題」の蓋を開けると、外交問題のみならず、国と沖縄県の対立、沖縄県内の対立、本土と沖縄県の温度差、国民の無関心が混在する。
そんな私も、無関心な側にいた。
リゾート地としての沖縄。ゆったりとした島時間。何度も訪れた沖縄は、私にとって大好きな「観光地」だったのだ。
もちろん、その側面も沖縄経済にとって大切であるし、これからも応援したいと思っている。
昨年の1月に、両親の金婚式の記念に沖縄旅行を計画した。
両親と私たち三姉妹、そして私の息子を連れた三世代での旅だった。(夫たちは留守番。)
遠出の苦手な母にとっては初めての沖縄で、みんなでひめゆり平和祈念資料館を訪れた。
地上戦で4人に1人の県民が亡くなったと言われる沖縄戦。多くの民間人そして子どもが犠牲になった。
母は、最初から最後まで泣いていた。こんなことになっていたの、知らなくてごめん、知らなくてごめん、と何度も手を合わせながら泣いていた。
母は戦後生まれだけど、世代としてはとても近いから、自分の女学生時代と重なったのだろう。
ひめゆりを知識として知っていることと、実際に彼女たちと同じ場に立つということは、まったく違うのだと実感した。
母と一緒に、家族と一緒に、行けて良かった。
母はずっと、連れてきてくれてありがとう、沖縄の人たちのつらいことを知らずに人生が終わらなくてよかった、ありがとう、と泣いていた。
その後、私たちは自分たちで調べていくつかのガマを巡り、手を合わせてきた。
レンタカーで海沿いを走っている時に、辺野古埋め立てに反対する人たちをよそに土砂を搬入するトラックの列を見た。
心がとても、ざわついていた。
沖縄から戻った私たちは、誰に言われるわけでもなく、それぞれが沖縄戦の映画やドキュメンタリーを観ていた。何かを取り戻すように。
日本は平和だと思っていた。でもそれは、沖縄の犠牲のもとに成り立っているのだと知った。
戦争は過去のことだと思っていた。でも、米軍基地問題は戦後80年の今も続いている。
沖縄は、ずっと闘い続けている。基地が無ければ起こりえない問題や犯罪や分断と。
沖縄と遠く離れた北海道で、米軍基地の無いこの地で、沖縄の不条理に目を向ける責任が自分にはあると感じた。
そんな気持ちで、ひとりシアターキノに向かったのだった。
「基地があるということは、戦争が起きたときに真っ先に狙われるということなんです」という知事の言葉が、ずっと耳に残っている。
太田さんも翁長さんも、政党は真逆なのに、どちらも県民の厚い支持を得た。国を相手に全力で闘った知事だ。
どちらも一貫して、「権力」ではなく「県民」を見ていた。
翁長さんは辺野古移設の承認を巡って国に起訴された際に言っていた。
「自分はきっとつぶされる。国の力に勝てるとは思っていない。だから、全力で県民のために闘い、つぶされていく理不尽な姿を日本の全国民に見せるためにここにいる。」
国や地方を動かす人を選ぶとき、候補者が「どちらを向いているのか」をしっかり見極めたい。
同時に自分自身もまた、「利権」ではなく「権利」のために考えられる人間でありたいと思う。
沖縄には必ずまた行く。
その時は、更に深く歴史と今を心で感じる旅にしたい。
本日は、沖縄慰霊の日。
世界情勢が再び悪化の一途を辿る今日、改めて心から恒久平和を願う。
