essay / 湖畔の思索日誌

2026-03-05 11:55:00

プノンペンの夜

初めて降り立つカンボジアは、厳しい暑さになる少し前の爽やかな夏の季節だった。

 

2025年9月に開港したばかりのカンボジア・プノンペンのテチョ国際空港は、圧倒されるほど近代的だ。

トイレも美しくトイレットペーパーは標準装備だし、照明はまるでリラックスできるラウンジのようだった。手を洗うシンクは水もハンドソープも温風も自動で出てくる。あまりにもきれいですっかり感動してしまった私は、用も無いのに二度も用を足しに行った。

 

今回の旅の持ち時間は二週間。

カンボジアではプノンペンに二泊、シェムリアップに二泊の行程で、その後インドへ向かう。

 

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プノンペンでは、旅を共にしている妹と交流のある日本人ご夫婦宅(Mさん宅)にお世話になることになっていた。

妹は2年前にもカンボジアを訪れていて、ひどい胃腸炎で観光もままならなかったところをMさんに随分助けていただいたようだ。

だから今回は元気な姿でMさんとの再会を果たしお礼を伝えたい 、そして絵美ちゃん(私)は絶対にMさんのことが大好きになるから会わせたい、と妹から聞いていた。

 

日本でも誰かの家に泊まる経験があまり無い私は些か緊張し、初対面の私まで泊めていただくのは申し訳ないと思いつつも、国際協力の仕事で日本を離れ異国で暮らす(その時点では未だ見ぬ)Mさんご夫婦に対し既に深い敬意と憧れを抱いており、お目にかかりたい気持ちの方が遙かに大きくお言葉に甘えさせていただくことにした。

 

 

そしてカンボジアの旅のもう一つの目的として、自分の人生において大切にしている「負の遺産」の訪問があった。

自ら足を運び、目に焼き付け、人間が犯してきた過ちの歴史と向き合うこと。そしてそこから学び、同じ過ちを繰り返さないために平和への自分の意思を軸に据え、自分にできる平和活動を探していくこと。

 

今の国際社会を見ていると、どうやら願っているだけでは平和は遠のくばかりだし、そればかりか不穏な空気が世界中で色濃くなりつつある。

終わらない戦争や新たな戦争、それによる難民貧困問題、もう猶予が無い地球温暖化。これらはすべて人間が加速させている。

 

感じ、学び、考え、行動する。その循環を通して、抽象的で遠くに感じる「平和」を具現化或いは可視化し、草の根的に広めていけるよう探求していきたい。

 

今回立ち寄るプノンペンには、ポルポト政権下のクメール・ルージュによる虐殺現場であるキリング・フィールドやトゥールスレンがあり、目にするのが辛くともその二つは必ず訪れると決めていた。

 

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カンボジアでは、タイやマレーシアでの旅と同様にGrabという配車サービスを含むアプリがとても便利で、移動に困ることはほとんど無い。

日本を除くアジアの国々は新しいシステムを積極的に導入し、その利便性には驚かされるばかりだ。

日本がアジアのトップだと信じて疑わない人も多いけれど、移動のしやすさに関しては圧倒的に遅れている。

 

近代化がすべて良いとは思わない。けれども、マイノリティが日常的に移動しやすい(利用しやすい)交通手段があるということは、ユニバーサルデザインとして全ての人に有効であることは間違いない。

 

 

私たちは空港からGrabを利用し、夕方くらいにMさん宅へ到着した。

 

呼び鈴を押して少しすると、ガチャンと錠を外す音がして門が開き、Mさんが太陽のような笑顔全開で出迎えてくれた。

不思議なほど初めて会ったような気がしない、いや、そう思わせない人柄なのだろう。そのおかげでバックパックと一緒に背負っていた緊張が一気に解けた。

 

まだ緑色のマンゴーがたわわに実る庭の木をくぐると、南国らしい解放感あふれる美しい家(というより館だ!)が 現れた。

私たちが気を使わないよう手際よく部屋に案内してくれて、その日はMさんがラオスの手料理を振る舞ってくれた。

MさんはNGOの仕事でラオスに赴任していたことがあり、食事をしながらその頃の活動の話をたくさん聞かせてもらった。

日本からは見えない場所で、決して安全とは言えない場所で、国際平和のために命を張って仕事をする日本人がいる。

そのことを例え頭でわかっていたとしても、経験した人から直接話を聞かせてもらえるこの貴重な時間は何百倍ものパワーを持つ。

 

Mさんはリーダーシップの星の下に生まれたような、スーパーウーマンだ。エネルギッシュで、一人10役くらいを平気でこなしてしまう頼もしさ。

ついて行きたい!と思わずにはいられない。Mさんが国会議員に立候補してくれたら、私は100%支持するだろう。(立候補してほしい。)

妹が言っていた通り、私はすっかりファンになってしまった。

 

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食事のあとは女三人で夜の繁華街へ繰り出し、Mさんおすすめの穴場のルーフトップバーへ。

普段はほとんどお酒を飲まない自分も、初めてのルーフトップバーにやや高揚し、不思議と呑みたくなってきた。

 

迷うのは苦手なので、私はメニュー表で一番最初に目に入った「オーランド・ブルーム」という昔狂ったように好きだったハリウッド俳優と同じ名前のカクテルを頼んだ。

オーランド・ブルームの笑顔さながらの爽やかな柑橘系のカクテルはとても飲みやすく、乾杯をしたあとは再び話に花が咲いた。

 

ちょうど衆院選開票日が近かったので、海外にいる時にはどのように投票するのかを教えてもらい、日本で投票するよりも遙かに労力を伴うのだと初めて知った。

特に今回の衆院選は投票日までの日数も少なく、投票に間に合わない海外居住者もかなり多くいたようだ。

 

今の日本の政治や世界情勢の話から自分の人生への向き合いかたについての話まで、まわりを気にすることなく語り合えたのは、日本から遠く離れたプノンペンだったからということも勿論あるけれど、それよりも何よりも今ここにいる三人が、そういったテーマについてそれぞれ日頃から考えていて、それを話題の中心に据えて公然と語り合える!という喜びが大きかったのではないかな、とも思っている。

 

少なくとも私にとっては、胸が熱くなるような素晴らしい夜だった。

 

 

日本にいる時には、大抵午後6時には帰宅し、夕飯を作り、子どもの宿題やら何やらをやってから風呂を済ませ、本を読んだり映画を観てから眠りにつく。

それが私にとっての日常の「夜」だ。

 

プノンペンのバーで南国のあたたかい風を受けながら、オーランド・ブルームを飲み、同世代の女三人でこの世界について語り合う。

それもまた私の人生に実在したひとつの「夜」なのだ。

当たり前だけど、自分から向かわなければ出会えない「夜」でもある。

 

それと同じように、世界にはさまざまな「夜」がある。

戦禍の「夜」。難民キャンプの「夜」。すべて同じタイムライン上の、同じであって同じではない「夜」だ。

その感覚を、つまり自分の日常以外の時間軸を感じるために、私は旅をするのかもしれない。

 

ふとそんなことを考えた、プノンペンの夜だった。 

 

 

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Mさんに出会わせてくれた妹と、限られた滞在日数の中で貴重な時間をたくさん紡いでくださったMさんに、心から感謝を。

 

 

Mさんのパートナー・Aさんは、JICAの職員としてCMAC(カンボジア地雷処理センター)に派遣され、対人地雷除去活動に関わる仕事をされている。

ご多忙なスケジュールの中、最終日にカンボジアにおける対人地雷除去活動の現在の話をたくさん教えてくださり、人生において大変貴重な学びの時間となった。

Aさんのおかげで、この後に訪れたシェムリアップのアポポでのヒーローラットと地雷の話が、よりしっかり理解することができた。

Mさん、Aさんに深く深く感謝を。

 

 

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アルゴリズムは恐ろしい。

帰国後、Instagramのおすすめ投稿でオーランド・ブルームが出てきた。

彼は今、ユニセフの親善大使として活動しているようだ。

好き。